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あゆ丼とは?

関市とうなぎのふか〜い関係

関のうなぎの美味しさには歴史があります。
鎌倉時代、刀匠たちが関に移り住み、刀を作り始めたのが刃物のまちとしてのはじまり。ピーク時には300人以上もいた刀匠たちが、そのスタミナ源として、また商売などでお客さんへのもてなしとして、うなぎやうな丼が重宝がられました。その秘伝の焼き方やタレが現在も受け継がれているのかもしれませんね。
鵜が飲み込みにくく、「“ ” が “ ” ん “ ”する」ところからうなぎと名付けられたという説もあり、刃物と鵜飼のまち関市でうなぎが美味しいのは必然だったんですね。

1000年以上前から刀匠、鵜匠も食べていた?

奈良時代の歌人・大伴家持が万葉集で「石麻呂に吾れもの申す夏やせによしといふものぞ鰻とり食せ」とうたっています。あまりにもやせている石麻呂をからかって、「夏場になったら見苦しいくらいもっと痩せるだろうから、ウナギでも食って精をつけて夏負けを防げよ」と言っているように、この時代に、すでにウナギは滋養強壮剤としての栄養食品という認識で食べられていたんですね。
とすると、鎌倉時代から住んでいる関市の刀匠たちが精をつけるために好んで食べていたというのもうなずけますし、鵜が難儀(なんぎ)して獲ったうなぎを同じ奈良時代から続く小瀬鵜飼の鵜匠さんたちも代々食べていたのかもしれないですね。

うなぎのさばき方

関東地方ではうなぎは「背割り」、関西地方では「腹割り」。大阪の商人が「腹を割って話をする」ことから商談でもてなすうなぎを「腹割り」でさばくようになったともいわれていますが、日本一の刃物のまち関市にも昔から商人が多く、関市のうなぎ屋さんのほとんどが代々「腹割り」なのも納得できる気がしますね。ちなみに包丁は名古屋型と呼ばれる、先が尖っていない細い長方形のタイプが使われているようです。

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